afternoontea 2







翌日、afternoonteaの時間。


ぼくは急ぐ。洒落たデザインの門を開け、薔薇の香りが漂う庭を駆け抜ける。
玄関先に辿り着き、そこから右に曲がり家の周囲をぐるっとまわり込んで、目的地である裏庭に向かう。
裏庭には、沢山の薔薇達が咲いていた。
様々な色や形の薔薇。刈り込まれた芝。ひょろっとした背の高い木。何ひとつ昨日と変わっていない。
庭の中で唯一白いテーブルと椅子……彼女はそこで座って待っていた。綺麗な銀髪と淡いブルーの瞳、穏やかな雰囲気。
一見いつもと同じだけれど、今日は何かが違った。


ぼくに気付くと少し笑った。だけど…何かを憂いているようで…。



「…そうだわ。ごめんなさいね、今日はteaを準備していないの。あなたに大切な話があって…聴いてくれるかしら。」
ぼくは空いているもうひとつの椅子に腰掛け、ゆっくりと頷いた。


午後の太陽は更に眩しさを増して地上を照らしている。


「そうね………。私はあなたと今までお茶ができてとても楽しかったわ。何物にも代え難いぐらいにね。」


そう言って、悲しそうに微笑した。
小さく息を吸って話し出した。


「だから、ずっとあなたにお礼が言いたかったの。…ありがとう。そして、ごめんなさい。
こうやってあなたを傷つけるぐらいなら…私はあの時あなたに声を掛けるべきではなかったわ。
今でも考えてしまうの……いえ、今だから考えてしまうの。あなたと私は違う時間を生きている…いつか、別れがきてしまう。
それはわかっているつもりだった…けど、全然わかっていなかったわ。こんなに辛いなんて。こんなに名残惜しいなんて。 でも…それ以上にあなたと今まで沢山の話をできたことはとても楽しかったし、嬉しかったわ。はじめにも言ったけど、本当に感謝しているのよ。
『ありがとう』じゃ伝えられないぐらい…本当に。全部あなたのおかげで私はここで楽しく暮らすことができたの。
私はもう十分に幸せよ。だから…今度はあなたに幸せになってほしいの。」



淡いブルーの瞳は言葉以上に彼女の気持ちを表していた。



凪いだ海よりも静かな蒼だった。



「…手紙を書いてきたの。あなたにあげようと…いえ、伝えたいと思って。
私の気持ちを…今まで言わなかったことを。…やっぱり、手紙を渡すなんて恥ずかしいわね。でも、私にはもうこれしか出来ない…。
あっ、そうそう…手紙だけじゃあ物足りないと思って、押し花で作ったしおりを入れといたの。我が家自慢の大輪の真っ赤な薔薇よ。大切にしてね。」


そう言った彼女は心からの満面の笑みを浮かべていた。



初めて…こんなに嬉しそうな彼女を見た。


瞬間、ぼくのココロにとても深く…深く悲しみが沁みて、滲んで消えた。





ぼうっとしていたぼくは彼女が見つめているのに気付いて、慌てて姿勢を正した。



差し出された手紙を受け取る。
封筒がぱんぱんに膨らんでいたが、羽根のように軽く、重さを感じることができなかった。
だけど……彼女のぼくに対する優しさ…いいや、深い愛情が触れた部分から伝わってきた。
唇を噛み締める。泣かないように…。





そんなぼくの姿を彼女はあたたかく見守っていた。


「ねぇ…お庭の薔薇達の世話をあなたに頼んでいいかしら。せっかくこんなに綺麗に咲いているのに…枯らしちゃうのは可哀想だものね。」






薔薇達はそよ風に揺れる。



「……また、いつか逢いましょう。あなたが私を忘れない間は、一度ぐらいなら逢えるかもしれないでしょう?ふふふ。
長い人生の中で一番、楽しかったわ。ありがとう。あなたのことは絶対に忘れないわ。」


にっこりとした彼女はとても美しかった。


「…ぼくの方こそ、ありがとう。いつも出してくれるtea……とても美味しかったよ。
…あの、ぼくも絶対にあなたのことを忘れないから!」
彼女は驚いた顔をしたが、頷いてぼくの頭を撫でてくれた。



「…頼んだからね。」



その言葉はぼくの胸の奥深くにゆっくり沁み込んでいった。しっかりと形作って。






不意に強い風が吹いた。
思わず目を閉じる。
風は青い空の……とてもとても高いところに吸い込まれていった。薔薇の香りと今日は淹れなかった筈の彼女のteaの香りとを一緒に。



目を開ける。
太陽は柔らかに光を投げかけていた。ぼくに、彼女に、薔薇達に、世界に。
そして、気付いた。



もう彼女はこの世に居ないということを。


静かに涙は零れ落ちた。
















涙の水たまりにもぼくは映っていなかった。









     end.









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