ちいさな嘘









「大好きだよ。」







その言葉は嘘。嘘だから嘘とは言えない。
ちいさな嘘。だけど、とてつもなく大きな嘘。その一言が相手に安心感を与えて、その一言が嘘だとばれてしまえばすべてが台無し。
今まで積み重ねてきたこの嘘の思いを自分ですら否定するのが怖い。
嘘は吐かない方がいい。
そんなことは、誰でも知っている。
でも……嘘を吐かなきゃならないときは必ずやってくる。
そう、それが、俺の場合結婚だった。
ある人との交際をスタートさせ、順調に俺たちは結婚への道を進んでる……傍から見ればそんな風に見えた。
だけど、俺は結婚なんて興味なかった。
目の前の可愛い女とやれればそれでいい。
ただ、それだけだった。
ほんと……何も考えず、彼女からプロポーズされた時には考える前に頷いていた。
それが、こんな惨事を招くとは…。





神様ぐらいしか知らなかっただろう。











ちいさな嘘。
訂正する気力もなくて、はや…えっと、20年?ぐらい。
俺もアイツももう40歳を過ぎた。
俺はアイツが好きだ。結婚して5年目あたりからそう自分に言い聞かせている。
毎日毎日、アイツを見て、綺麗だ、アイツが好きだ、と思う。
いや、言い聞かせている。
俺は…こんな生活はやめた方がいいとは思ってはいるが……ここまで居心地が良いとやめるにやめられない。
たちの悪い毒みたいだ。ドウシヨウモナイ。
勝手にそう思い込んで、俺は考えることを放棄した。
こどもの時からの悪い癖。直らないものは直らない。俺はそう信じてる。













ある日。




突然、アイツが倒れた。
「がん」だった。





医者が、もう手遅れだとハッキリと言い切った。病院の廊下で俺は途方に暮れた。途方に暮れるしかなかった。
家の俺の箪笥の中に離婚届があることを思えば途方に暮れるほかなかった。
廊下で頭を抱えている姿は妻を思う夫にしか見えないだろう。
ちいさな嘘。吐かなきゃ良かった。
アイツを好きだなんて……言ったから、こうなった。アイツに期待させて、アイツを振り回した。





今更の後悔の念。





俺は最悪だな。
子供たちにも申し訳ない。息子と娘も大きくなっているのだから…。
俺は何やってんだろう。
俺は本当に馬鹿だな。
煙草をふかしに喫煙所に足を向ける。
ホント、嘘なんて…吐くもんじゃない。





吐き出す紫煙。
今日は何故だかウザったい。













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