晴れの日の雨
3.
大きな音とともに、急に浮遊感……と、言うよりも、後ろにぶっ飛ばされた感じがした。
はぁ…?
待て…今のは一体何なんだ?何が起こっている?
それにしても、なんだか左の頬が物凄く痛い感じがする。気のせいにしては……リアル過ぎだろ…。
良く頭を働かせて状況を確認してみたら―――――
こりゃまあ、驚きだ!何故かって?そりゃ、なんかよくわかんねぇけど、天井が見えるし、その手前にはかなりむくれた彼女の顔が見える。
僕の目は、僕の脳は、自身の危機を察知した。
彼女が近づいてくるのがスローモーションで見える。
彼女は…
赤城さんは
右手を
僕の左頬に
あてて、
ゆっくりと
近づいてくる。
髪が視界を覆う。
彼女の顔しか
見えない
彼女は
少しだけ
微笑んで
僕に………
僕に、
そっと、口づけを
した。
思考停止。
□■
時は流れた。
目の前の病室のドアが開いた音がして、そこに立っている人の息を呑む気配が伝わってきた。
そして………
最悪なことに、聞き覚えのある声がした。
あの、阿呆だ。
そして……あの阿呆は正真正銘の阿呆だった。
叫んだのだ。
タダでさえ静かな病院内で。しかも、かなりの大声で。
「ぬわぁぁぁあ!!もっ……もしかして、こーちゃん!?こーちゃん?!てか、誰!!なんで…こーちゃんにきっ…き……す、し、してるの!?
オレとこーちゃんの仲なのに……どぉーして言ってくれなかったのぉー。ずるいよ。いいなぁーいつもこーちゃんばっかり良い思いしてさ!
ふん!!…………………………………じゃあなぁい!こーちゃん一体何してるの!!こんな公共の面前で!」
「そちらこそ公共の面前でどうして大声で叫ぶのぉー!!」
と…僕は言えなかった。
ツッコミを入れるどころか返事すら返せなかった。そう…僕の唇はもう一対の唇に塞がれていたからだ。
そういう風に表現すると…まるで僕が危ないヤツみたいじゃないかっ!
消してそんなことは無い!!断じて無い!!
しかし…この状況…どうしたらいいんだ…。
その心配は無用だったようだ。すぐに彼女は僕から離れてあの阿呆陽菜士じゃなくて、ドアの前に立っている人に向き合った。
「だから言ったでしょう?証明してみせるって。」
彼女は勝ち誇ったように言う。
誰に…?
よく見てみると顔が似てないかこのおばさん……。あ…まさか、ね。
この状況を作り出した原因の彼女を見上げれば…あっさりと頷いた。
「うん、母親だよ。不本意ながらね。」
は?
どゆこと?
いやいやいや、待て、待てよ…。
これは…この状況は…最初から…仕組まれていた、のか?
え?僕は親御さんの前で愛娘の唇を奪ってしまったのか?!というよりも、奪われてしまったんだけども……。
え?えぇ?
「どういうことなんだあぁーーー!!」
僕の叫びが虚しく響く。
時は流れ…。
僕はぐったりと休憩所の椅子にへばりついていた。原因は勿論あいつだ!!あんのぉ…クソ野郎〜!
っと、叫びたいところだが…そんなことをしたら一貫の終わりだということぐらいはわかっている。
隣には何故か僕よりもぐったりとした陽菜士がさっきから薄ら笑ったり、無表情になったりと、交互に繰り返している。
こんなにも陽菜士が恐いと思ったのは初めてかも、しれない。
いつの間にか、陽菜士がこっちを向いて微笑んでいた。
極上の微笑みで。
殺気を感じた僕は慌てて逃げようとしたが、遅すぎた。
ははは………。
それから、僕は無残な姿で床に転がっていた。
うぅ…陽菜士、少しは手加減しろよぉー。折角、骨折が治って残りの夏休みを有意義に過ごそうと思っていたのに……。
あぁ…痛い、血の味がする。て、いうか早く床から起き上がりたい。だけど脚がいうことをきかない…。
「…………ギブ。」
呟きは僕の気持ちをよく表していた。て、いうか…さっきから何故僕だけこんな酷い目に遭っているんだ?!
「今日は晴れの筈なのにぃーーーい!!」
叫んで気がついた。
小雨が降っていた。
僕は撃沈。
陽菜士は沈黙。
その時、颯爽と彼女…いや、赤城がやってきた。
これからもよろしくね♪…って言い残してそくさと退場していった。
あんなことがあったというのに…彼女は僕のことなど全くと言っていい程気にもせず…去っていってしまった……。
これじゃあ、まるで使い捨てカメラじゃないか…。使うだけ使って、使い切ったらそれで終わり。いとも簡単に捨てられる。
嗚呼…看護師さんに怒られた僕の苦労は……皆様方からの冷たい視線に耐えた僕の我慢は…
セカンドキスを会って間もない変なヤツに奪われてしまった僕の悲しみは……一体何に報われるというのだろうか…。
そうだ、もう帰ろう。
ふらふらと立ち上がって、陽菜士に声を掛けようと思ったけど…いつの間にか居なくなっていた。仕方ないのでひとり出口に向かう。
自動ドアを抜けると、まだ残っている雨の匂いと眩しい太陽、それと、大きな半円を描く虹があった。
綺麗だった。
それを馬鹿みたいにずっと眺めていると、向こうで僕を呼ぶ声がした。
駆け寄っていくと陽菜士の仏頂面が……何故だろうか、イマイチわからない。
「こーちゃん、遅い!送っていくから乗って。」
駐車スペースには相変わらずの凄く高そうな車とお馴染みの運転手さんがそこにいた。僕は問答無用で陽菜士に車に押し込められた。
車に乗り込む一瞬、もう一度空を仰いでみた。けども、虹を見ることはできなかった。
そこには青空だけが広がって、元から虹など無かったかのように穏やかに雲は流れていた。
車を出してすぐに陽菜士は眠ってしまった。
疲れていたのだろう。僕の肩に頭を預けて寝ている姿は言いようもないくらい可愛い。
普段のバカで暴力的な陽菜士と同一人物なのか疑ってしまいそうだ。そう思っているうちにも時間は過ぎていく。
いつの間にか夏休みも終わってしまうに違いない。今年は少し、少しだけ……楽しかった。これからのことは考えないでおくとしよう。
陽菜士の可愛い寝顔を見ているとココロのどこかがじんわりする。
僕はずーっと忘れていた。考えようともしていなかった…いや、やっと気付くことができた。これが「幸せ」なんだって。
思わず頬が緩んだが、見ているのは外を通りすぎる風だけだった。
後日、
ありえない事に…
陽菜士の言っていたあの「万年病」が嘘みたいに治ってしまったのだ!
あと、
赤城に告白された。
おわり…?
いえ、終わりませんww
さて、こーちゃん大変なことになりましたね。この後はどうなっていくのやら…………
次回はこーちゃんと陽菜士の話になります。赤城さんは今のところ登場予定はありません。
次回の陽菜士……かわいいですよ!
きっと!
個人的にはすごく気に入っているんですけどね。