星輝く空
2
いいにおい。
何のにおいかな?
すごくおいしそうって言葉にピッタリなにおい。
僕は椅子に座らされてお行儀よく待っている。
青年が持ってきたのは琥珀色の液体だった。
それとにらめっこしている僕。
青年は僕の髪を掬って結い始める。
まだそれとにらめっこしている僕。
「…うん?毒なんか入ってないぞ。大丈夫、味は保障する。なんたって俺が作ったコンソメスープだよ。」
沈黙を破って青年が言う。
ところで…「こんそめすうぷ」とはなんなんだろうか?
器を持ち上げて恐る恐る「こんそめすうぷ」というものに舌をつけてみた。
おいしい。
夢中ですうぷを舐める。
すっからかんになった器を置くと、青年はべとべとに汚れた僕の顔を拭いてくれた。
「おいしかった?」
僕は頷く。
とてもおいしかったから。
「じゃあ、次はからだ拭こうか。」
僕は手を引かれベッドがあった部屋に戻る。
「そこに座って待ってて。」
そう言って青年は部屋を出た。
ベッドに腰掛ける。
静かだ。
隣の部屋から僅かに音がするだけでそれ以外はとても静か。
不思議な気分だ。
星だった頃は感じなかった胸のあたりのもやもや。
もやもや、悪い感じはしないけど…
「おまたせ。」
青年が部屋に入ってきた。
お湯の入った桶と布。
持って来たものをベッドの傍に置いて僕の着ているものを脱がす。
僕は黒のマントだけを身に着けていた。
これは、たぶん…黒の神様のマント。
僕に貸してくれたのだろうか?
「ねえ。聞いてもいいかな?」
青年は問う。
僕は黙っていた。
よくわからなかったから。
「…あの、その、どうして…君はあんなところでそんな格好で倒れていたのかな?」
言いづらそうに言葉にする。
「わかんない。」
それが僕の答え。
青年は黙った。
なんて声をかければいいのかわからないから僕も黙った。
青年は無言で僕を拭いていく。
素っ裸の僕。
やっぱり、ちょっと恥ずかしい。
目を閉じて初めて見た星空を思い出すことにした。
☆
隣に温もりを感じて起きた。
いつの間にか寝てしまったみたいだ。
部屋もすっかり真っ暗になっていてなんだかほっとした。
青年は隣で静かに眠っていた。
起こさないようにそっと部屋を出る。
僕は月明かりを頼りに家の外に出た。
満月だ
大きな月を背景に、黒の神様は立っていた。
「もう慣れたかい?」
何が、とは聞かない。
「…たぶん。」
僕は小さな声で答える。
「あの!…どうして……僕の願いを…叶えてくれたんですか?」
それはずっと気になっていたこと。
あの草原で聞きたかったこと。
「どうして?――――それはキミがよくわかっているだろう?」
「…ですけど、でも、それだけなんかで…」
ごにょごにょと喋る僕。
「それだけ?キミが一生懸命祈ったことをそれだけなんて言っちゃいけないよ。私に届くぐらい……とてもとても強く願ったんだろう?」
私に届いた…そのことこそが私を動かす理由になりえるんだよ、と笑みをこぼす。
「…あ、ありがとう…ございます。」
僕の顔はきっと真っ赤。
星の兄弟たちにも見えてしまうんじゃないかと思って俯いた。
なんだか褒められてしまった。
どうしよう…
う、うれしい。
黒の神様に褒めてもらえるなんて…
一生の自慢になるなぁ。
えへへ。
俯いたままにたにたしてた。
「おっと、ちゃんと言っとかなくちゃ。」
黒の神様は今思いついたかのように言った。
神妙に頷いている姿は神様というより人間のようだった。
思わず吹き出してしまう。
「なんだ?なにかあったのか?」
不思議そうに尋ねられた。
「いや!いやいやいやぁ…なんでも、ありません。」
不自然なほど…ってそうなるのはあたりまえだけど…僕は首を横に物凄く振った。
だって。
そんな、言えないもん。
神様に人間みたいだなんて言えたもんじゃない。
「そうか、まあ…それより、いくつかキミに言っとかなければならないことがある。」
言っておくこと?
なんだろ。
難しいことじゃなければいいけどな。
「今聞いたことは絶対忘れたらいけないよ。」
そう前置きして黒の神様は話し始めた。