星輝く空



24





すれ違うことがこんなにも苦痛だとは思わなかった。
セイとはめっきりしゃべらなくなり、僕は本とともに過ごす時間が多くなった。
僕がここに来てからはや半年近く。
あれ以来怖い人も来ないし、洪水も起こっていない。
表面上はすごく穏やかで良い暮らしだった。そう、あくまで表面上だ。




セイとの仲がぎくしゃくしてからもう3週間近い。


セイは毎日どこかに出かけていくし、僕はこの家に閉じこもったまま。掃除をして洗濯をして本を読んだ。最近は簡単な料理も作り始めた。 こんなにも……僕はここに馴染んでしまっている。星だったのが嘘のよう……っていうのは無い。寧ろ、今、この時間、 この場所で起こってること、行動していること……セイに……出会ったこと…そちらの方が嘘なんじゃないかと思う。
僕はあの暗くてあたたかい空間にいて、うたた寝をしているんじゃないかと思ってしまうのだ。疑ってしまうほどに、 今、というものが希薄で現実味が無い。


怖いくらい静かな空間。
紙を捲る音が頼りなく響く。


「…にんじん、たまねぎ……お肉、はいらないか…。」


今日のレシピを考える。
今日の夕飯。セイの嫌いなものは知らない。
僕が嫌いなものはピーマン。
あれは苦くて食べれたもんじゃない。誰が食べようと思ったんだか…。
ぷるぷると頭を振ってピーマンのことを追い払う。
それより、今日は、そう。あれ。
コンソメスープ。
こんそめすうぷ、とも言う。
思い出して懐かしいよりも泣きそうになる。
コンソメスープ。
僕が初めて食べた大好きなメニュー。
野菜がたっぷりと入った琥珀のスープは匂いも味も好みどんぴしゃだ。
コンソメスープを作ったことはない。だからなんだか今日、作ってみたくなった。きっとセイのように上手に作ることはできないけれど、 僕の、コンソメスープを作ってみたいと思ったのだ。
僕だけのコンソメスープ。


まずは材料から揃えなくちゃ。







セイの家は近くの集落から結構離れているので家の中に食料庫がある。
食料庫という名の地下倉庫。以外に埃っぽくない。
寝室のクローゼットの下の板を外したところが入口。まあ、元々は食料庫だった訳じゃないみたいだし……。
今は有効活用していると言ってほしい。断じて家が狭いからではない。
昔、セイがそう言っていたのを思い出して思わず吹き出してしまう。
慌てて口を押さえたが、口を押える意味が無いことに気づく。だってここにはひとりしかいない…のだから。
セイがこのまま帰って来ないんじゃないかと思ってしまうほどの静寂。
僕が黙ればこの空間は果てしなく静かだ。


わざと音をたてて歩く。
床板が僅かに軋む音も僕にとってはありがたい。
食料庫までの短い道のりをゆっくりと歩く。
ちゃんとたまねぎがあったかな、とか考えながら。




広い家でもないからすぐに到着した。
クローゼットの戸を引いて下に置いてあるランプとマッチを取り出して、入口の板を外す。マッチを擦ってランプに火を灯せば準備は完了。


「よし。」


意を決して中に入る。
梯子で少し降りるだけだが、なんだか真っ暗な世界は少し怖い。
星だった僕が考えるのも変な話だけれど。
地下の闇は何人たりとも寄せつけない。
そう、感じる。
後ろ向きに梯子を下りていき、2メートルもしないうちに足が地面に触れる。そこから横穴が伸びていて少し奥に行けば食料庫だ。 大体の食料がここに保管されている。いくつもの箱が積み上げられていて一見何が何だかわからないが、 箱の横に何が入っているのかが書いてあるので無駄な手間を取らずに済む。


「これ、と。これ……」


無意識に声に出しながら目的の食材を探す。
暗闇が声を吸収しているみたいで反響することはない。


いっしょに持って来た籠に食材を詰めて僕は上へあがる。
今はコンソメスープのことだけを考えながら。


軽く軋む梯子をあがれば食料庫内と違って光の溢れる部屋に出る。
目を細めて眩しく感じられる光をぼおっと見ながらセイのことを考える。
自分で避けてきたことだけれど、やっぱり寂しい。
セイに頭を撫でてもらえないのも、目を合わせてくれないのも、すごく、辛い。
泣きそうになるけど、我慢する。
これまでずっとセイに縋って泣いてたから……。恥ずかしいし、もう、いい加減やめた方がいいのはわかってる。
泣き虫だなんて格好悪いし、迷惑になりそう。






「…コンソメスープ。」


そう、そうだ。
それよりもコンソメスープだ。
零れた言葉で今やることを思い出す。
味は関係ない、自分が作ったコンソメスープ、というものが食べてみたかった。
セイが作ってくれたようにあんなに美味しくできるなんて思ってはないけど…それでも、コンソメスープを作ってみたかった。
自分でもどうしてそう思ったのか、どうしてこのタイミングなのか全くわからない。けど、心が急かす。今しかない、と言っているかのように。


ランプの炎を吹き消す。


漂う煙は何色なのかよくわからなかった。









コンソメスープ食べたい。


next     close