星輝く空



30













「――――――。」




僕はそれに答えることができなかった。
まあ、当たり前だろう。消えろ、だなんて頷けない。
僕は女の人を見たまま動かない。


女の人、をちゃんと見たのは初めてだけれど……。
キレイ、だと思う。大きめの瞳もふっくらした唇も豊かな黒髪も。
僕には無いもの。
魅力的…とでも言うのだろうか……。
こんなにキレイな人が――――何故…?






「聞こえなかったの?消、え、て、って言ったのよ。」


わかる?って馬鹿にしたように訊き返す。


「聞こえてますし、理解もしてます。」


むっとして答える。


「何で僕が消えなきゃならないんですか?ちゃんと僕にもわかるように説明してください。」




女の人は苛立った表情を隠そうともせずに言う。




「一言で言って、貴方、邪魔なのよ。セイさんは私と付き合うって約束したのに…最近は話をしていても上の空。 その上、私との約束なんてしてないって言うのよ!オカシイわ!!いままでは……いままでは…ずっと、優しくしてくれたのに……貴方よ! 貴方がいつの間にかココに住むようになってからセイがオカシクなったのよ!!貴方のせいよ!」


一気に捲し立てる。


「そうよ…貴方、貴方さえいなければ…。」


憎しみのこもった目で僕を見る。


「貴方さえいなければ私もセイも幸せでいられたのよ!!」






「………………。」







「貴方のせいよ…あなたが、貴方がいたから……セイはおかしくなったんだわ!貴方のせいで! ここにずっと閉じこもっているから貴方は知らないのよ。セイさんはこんな人じゃなかった。セイさんはもっと優しい人だった。 もっと皆に信頼されていた!でも!!最近おかしいの!貴方のせいで!!セイさんは……セイさんは…間違えを起こしたわ…。」




え…?




「セイさんは………もういいわ、貴方に言っても変わらないものね。それに…こうやって人を陥れることをすることが悪魔だもの…。」








「ちょっ、」


「今度は容赦しないわ!もうこれ以上セイにこれ以上近づかないで!!」















ぱたん、と軽い音をたててドアは閉まった。
女の人はもうここにはいない。
彼女は最後まで僕を睨んでいた。
最後まで僕を罵っていた。
僕が悪いんだって。僕が……僕さえいなければ…。
違うかもしれない…けど、もし、これが本当だったなら僕はセイと彼女の幸せを奪ったことになる。 そう、彼女の思い込みだとしても…僕がこの世界にとって邪魔な存在…異質な存在なことに変わりはない。
セイにとって、僕は邪魔、なのだろうか…?
僕は食っているだけで働きもできない。まず、外にすら出ることもほとんど無理。 殺されたくなければ僕はここにずっと隠れてひっそりとしか生きていくことができない。ずっとずっとセイに頼りっぱなしの僕。
こんな僕が負担じゃない訳がない。
重荷だと言える、かもしれない。
わからない。わかりたくない。
これまでそう思ってきて無意識に考えないようにしていた。僕が邪魔であること、異質であること。人間、だとは言えないこと。
セイが受け入れてくれたことが当たり前ではないこと。


そう、セイがいなくなってしまえば僕はひとりぼっちだということに、気がついた。


僕は、ひとり……?


また、ひとり…?






もし、僕が人間じゃないことをセイに知られてしまったら…セイはなんて言う…? 金色の髪も琥珀の瞳も、僕がここの人とは違うことは目に見えてはっきりとわかる。 彼女みたいに僕を消したい、と思ってないなんて僕には言えない。そういえば、セイの気持ちを聞いたことが無い。
セイはいつも髪が綺麗だと言ってはくれるけれども…でも、それだけ。
僕がいて楽しいとか面倒くさいとかそんなことは一回も聞いたことがない。だから、僕はセイが僕のことをどう思っているのかわからない。 わからない。わからないよぉ…。
わからないことがこんなにも怖い。
捨てられるかもしれないことがこんなにも怖い。
セイが……セイが居なくなってしまったら…僕は…僕は、どうしたらいいんだ。
黒の神様…僕は、僕が、間違っていたの…?
当たり前の幸せを退屈だと蔑んで、ひとり…被害妄想に浸って。星の兄弟たちはいつも優しかったのに…僕は、孤独だと嘆いた。
ひとりは寂しいと叫んだ。
孤独の星々の運命を覆したいと駄々をこねた。
僕が悪い。


胸の穴は埋まることがないのに埋めようとした。


僕が――――――












何の代償もなしに望みを手に入れようなんて…欲望を満たそうだなんて…なんて僕は馬鹿なことをしたんだろう。


その結果がこれだとしたら、次に殺されそうになっても僕はその運命を受け入れなければならない。 それに…こんな僕の我儘にセイを巻き込んじゃいけない。
セイは何にも悪くないんだから。

セイ…。




ごめんね。


「ただいまぁ!」


セイの元気な声が響く。
けど、もう起き上がれる自信が無い。
ベッドに突っ伏してセイが優しく撫でてくれるのを待ちながら静かに涙を流した。














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