星輝く空







おかたづけ。
朝寝坊の埋め合わせで、僕は今、お皿をひとりで洗っている。
白い泡。ぴかぴか。ふわふわスポンジ。
洗えばきらきらお皿になるのが楽しくて僕は上機嫌でお皿を洗う。
ふんふふーん♪
鼻歌まで歌いだした僕をセイが不思議そうに見ている。
なんたって、朝寝坊したから…ばつ?で洗わされているのに僕が上機嫌だからだろう。 ところで「ばつ」ってなんだろう?あとで、「じしょ」で調べてみよう、かな?
ふんふふーん♪
おかたづけ、楽しいな!
ふんふふ……あ。



お皿が一枚僕の手から飛び出す。




がしゃーん!!





ぴかぴかお皿……こなごなお皿…。
ふぇ……わっちゃた…ぅっ………わっちゃったよぉお…。



「う゛〜ごめんなさぁいぃー。セイぃいいいぃ…ふぇ、っく……ごめっ…ごめんなっ……さぃ…。」



涙で視界が滲むけれど、僕は割れた破片を拾い集めた。
僕が、僕が…ちゃんとしてないから…お皿が…ふえっ…割れちゃった。
ばつなのに、僕、お皿洗い、楽しくて、だから…ぼく…。



「ごめっ…さい。」



白いお皿…破片になって…僕がっ…わっちゃ……。



涙で視界が滲んで見えにくい…けど、片付けなくちゃと思って僕は手を伸ばす。



「痛っ!」



尖った破片の先に触れて指先が切れた。
血が指先で赤い珠になる。ぷくり。ぷくり。赤い珠が指先から零れ落ちる。
ほんのりとあったかい。
指を伝って、掌へ、手の甲へ、そこから滴り落ちて、床へと。
ぽた、ぽた。
小さなお池をつくる。
お皿だった白い破片に赤い血が……。
白を赤く染めていく。
ぽた、ぽた。
僕は目を離せない。
ぽた、ぽた。
僕は瞬きすらも忘れたように。
ぽた、ぽた。
呼吸すら忘れて―――





赤い血を凝視する。








「すばるっ!!」



駆け寄るセイが視界の片隅に映る。けれど…僕は石のようにピクリとも動けない。返事をしたいのに…大丈夫だと言いたいのに…声もでない。



赤い色に目を奪われて…。



心がざわめく。
なぜだろう…?
僕は…どうしちゃった、のか、な…?





直後、真っ暗な闇に包まれた。











後から聞いたセイの話によれば、僕は「しょっく」が大きすぎて固まっていたそうだ。
そうだ…っていうのは、僕自身、あまりその時のことを覚えていないからだ。ところで、「しょっく」ってなんだろう?





僕は…気がつくと、ベッドの上に寝かされていて傍らにセイがいた。そこで僕は首を傾げて聞いたのだ。



「あれ?僕…お皿洗いは…?」



その時、セイが目を真ん丸にしたのを初めて見た。
本当に満月みたいな真ん丸で僕も目が真ん丸になりそうになった。 目が真ん丸…ってどういう意味なのかわからなかったからこっそりセイに聞いたけど…。
とにかく、セイはものすんごい驚いていた。
僕にしてみれば突現ベッドの上にいるし…何があったのか全くわからなかったけど……。
その上、セイが急にぎゅっとしてきたから僕はさらに謎が深まる。
なんだか、指も痛いし…セイは変だし……お皿洗いはどうなったのかとそわそわしてた。
くすくすと低い心地よい笑い声が耳元で聞こえてセイが笑っていることを知る。





僕が身じろぎすると、セイは僕を強く抱きしめる。


「すばる…ごめんね。」


そう言う声はいつも通りなのに、雰囲気がいつもと違う。


「痛かったでしょう…?」


僕はそこでようやく指に包帯が巻かれていることに気づく。


「恐かったでしょう…?」


んー、僕には何のことだかさっぱりわからない。


「ごめん、ごめんねすばる…。」





そう言って、僕が皿洗いしていた時のことを話した。













うう〜ん。
わからない。



お皿を…僕が割ってしまって…それから……ううう〜ん。
セイから聞いた。けど、実感が無い。覚えてないから。
でも……セイが嘘をつくはずないし…ということは、ほんと?
ほんとなんだよね?
ってことは、僕、気を失ったってこと?血を見て?うう〜ん…よくわからないな。血を見るだけで気を失うなんて…どうなってるんだろう?
他にもそんな人はいるってセイは言っていたけど……みんながそうじゃないみたいだし……もしかして、僕が弱いから!?
た、たしかに…薪割りも少ししかできないし、重い荷物も運べないし…。
あたまも悪いし…。
ダメだ…僕…ぜんぜんダメだ…。



自分で考えたけど…………落ち込むぅ。






「セイぃー。僕、ダメなのかな…?ダメ、なんだよね…。」
足先を見つめ、ようやく出た声は小さく掠れていた。



「え…?ちょっと、すばる?」



「そうでしょ…。だって、僕なにもできてないし…セイに迷惑ばかりかけてるし…僕…あたまわるいし………ダメ、なんだ…ごめん、なさい。」



じわりと温かい滴が目元を濡らす。
ほっぺがあつくて、あたまの中がグルグルして、僕はダメなんだ、そんな思いが僕を支配する。自分の言葉で自分を傷つける。
セイにこんな姿を見られたくなくて僕は手で顔を覆う。
セイの顔が見えないけれどこれで僕のみっともない顔も見えない。



「すばる………。」



悲しい響きを含んだ声で僕を呼ぶ。
セイ―――否定しなかった。
本当に、僕はいらない…のかもしれない…。
僕は邪魔だったのかもしれない。
僕が今まで気づいていなかっただけなのかもしれない。



「すばる…。」



そう言ってぎゅっとしてくれたけど、凍った僕の心にはその温かさは届くことがなかった。 虚空を見つめて、涙が溢れるまま、僕は初めてセイのことがわからなくなった。





どうしたんだろ。僕。









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