afternoontea |
afternoon teaの時間だ。 急いで身支度を整え、先ほど買った一輪の花を持って出掛ける。隣の家へと。 およそ1分程で門に到着。洒落たデザインの門をそおっと開け、薔薇の香りが漂う庭を歩き、玄関先に辿り着く。 そこから右に曲がり家の周囲をぐるっとまわり込んで、目的地である裏庭に向かう。裏庭には更に沢山の薔薇達が咲いていた。 様々な色や形の薔薇、刈り込まれた芝、ひょろっとした背の高い木、その中で唯一白いテーブルと椅子……彼女はそこで座って待っていた。 綺麗な銀髪と淡いブルーの瞳、穏やかな雰囲気をその老女は持っていた。 ぼくに気付くと満面の笑みで迎えてくれた。 「今日も来てくれたのね、ありがとう。とても嬉しいわ。 今ちょうど紅茶を淹れたところなの、よかったら私が作ったスコーンをどうぞ。久しぶりだけど上手に作れたのよ。」 とても嬉しそうにそう言った。彼女はティーポットを手に持ち、空いたカップに紅茶を淹れてくれた。 ぼくは空いているもうひとつの椅子に腰掛け、後ろ手に隠し持っていた花を渡す。 真っ赤なチューリップ…ぼくが選んだ花はそれだ。きっと似合うだろうと思って。 控えめがちに…彼女にお礼を言うと、理由が見当たらないというような困った顔をしていた。 今日はあなたに逢った…1周年の日だ、と言って、手元のティーカップに視線を落とす。 カップの海にはたくさん波が立っていて、ぼくの顔は映っていなかった。 彼女はゆっくりと口を開いた。 「……まあ!覚えていてくれたのね。わざわざ、花まで持って来てもらって…本当に嬉しいわ。」 にっこりと笑った顔はとても嬉しそうで……午後の太陽に照らされた天使のようだった。 ―*―*―*―*―*―*―*―*― 午後の一時は過ぎ行く。 「そうね。今日は、私が初めてこの家に引っ越してきた時の話をしましょう。……良いかしら。」 ぼくは頷いた。 「ここに来たのは、確か1年と半年ぐらいね。 老後は暖かい地方で暮らそうと思って、わざわざ北の方から引っ越して来たの。 …大変だったわ。引っ越しするのに…こんなに体力がいるなんて誰が思うのやら。」 小さく笑うとカップを手に取った。 伏せた目には、きっとあの頃が見えているのだろう。ぼくはスコーンに手を伸ばし、彼女の話の続きを待った。 「友達の紹介でここへ来たの。友達がいい家があるって言っていたし……どうせ一人なら近くに来たらいいのにってずっと前から誘われていたから…思い切って生まれ故郷から出てみたの。 素晴らしかったわ!何もかもが新しくて、わくわくして…夜も眠れないくらいにね。 ……それから、この家を紹介されてね…借りる筈だったものを買い取っちゃたの。」 「最初、家はぼろぼろで……すぐには住めない状態だったわ。 だけど、絶対私はここに住みたかったのよ、だからなんとかして大工さん達に直してもらったわ。 今考えると、なかなか無理難題を押し付けちゃったのね。でも……本当に良かった! 今じゃ、こんなに素敵な暮らしが出来ているし、あなたとも出逢えたのだから。……ね。」 一度ぼくの方を見て、また視線を元に戻した。 彼女の優しい眼差しがぼくをとらえた。 しかしぼくは、タイミング悪くスコーンを口たくさんに頬張っていたので…唸ることしか出来なくて、顔を真っ赤にする羽目になった。 彼女は、この町に来てからしばらく誰とも仲良くなれなかったそうだ。その時に出逢ったのが…このぼく。 曰く、本当の天使だと思って宗教に入ろうとしたらしい。(それまではずっと無宗教だったそうだ。) ぼくに出逢って驚く程全てが変わったと、嬉しそうに言った。 風は薔薇の香りを運ぶ。 午後の太陽は飽きることなく、ぼく達を照らしていた。 ―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*― それから、ぼくは長い間彼女の話を聴いていた。 「……ええ、本当に良かったわ。あなたがわたしの傍にいてくれて。おかげで、こんなに充実した日々をおくっているのだもの。 こんな…お婆さんが幸せだなんて、きっと何かの間違えよね。」 ふふふと笑って急に立ち上がった。ぼくは慌てて止めたがやんわりと断られてしまった。 彼女は近くの薔薇に手を伸ばす。 彼女は脚が少し悪い…年なのだから仕方ない。 ぼくは素早く立ち上がって、手を差し伸べる。 「…ありがとう。」 ぼくの上に乗せられた手は消えてしまいそうな程弱々しかった。 寂しさを感じた。 ―*―*―*―*―*―*―*―*―*― 日が傾いてきている。 もうそろそろ帰らなければならい。影はいつの間にかぼくの身長より長くなっていた。 ぼくの気持ちを察したように彼女が口を開いた。 「あぁ…今日も長く引き止めてしまって、ごめんなさいね。」 ぼくは首を振って否定した。 「また…また、明日も来てくれない?」 ぼくは……。 「あら、明日は用事があるのかしら?ならいつでも…」 …………。 「…いいの。これは…そう…運命ね。」 そう言って笑う。 俯いたぼくの顔など分かる筈ないというのに…。 まるで、全て分かっているかのように優しくぼくの頭を撫でた。耐えきれず、泣いてしまった。 涙が止まらない。ぼくは知っていたんだ………。 彼女はぼくに微笑む。 もう、ただ…何も分からなくなるほど泣きじゃくった。 |