羽根




   1.



やわらかい羽毛。
純白で繊細で美しい羽根。


「きれーなのはわかるけど…なんで羽…?」

「それはこっちの台詞だよ……。」


ぼやいても仕方ないことはわかってる。
自分でもこの状況は不可解だしどうしようもない。
夢でないということが変だというぐらい。滑稽な在り得ない光景。

「電話してきた時には頭でもおかしくなっちまったかと思ったけど―――」

そう、まさかの―――俺の背中に羽。翼。
まるで天使、まるで化物。

「これ、本物なんだよなぁー?」
「残念ながら本物のようだよ。引っ張ったら痛いし、くすぐられたらくすぐったい。」

「そうかー。」
間延びした友人の声のせいでさらに現実味がない。
いくら現実味がないといっても、実際には俺の背には羽が生えている。
誰か夢だと言ってほしい。これはただの俺が作り出した夢なんだと。

「なあ、言っておくけど……これ夢じゃないからなー。」
友人は現実逃避を始めた俺に釘を刺す。……これで夢路線は消えたという訳か…。どこか遠い目をして俺はベッドにうつ伏せになる。 自分の部屋も友人も背中の羽もなんだか妙に現実味がなくて、なんだか可笑しくて、くすくす笑う。

「なんだ、気でもふれたか……。」

にやにやした友人が俺の顔を覗き込みながら言う。
意地悪なその瞳に俺が映る。

「そんなことないよ。ただ―――――」

「ただ?」
「…ううん。なんでもない。」
「そうか……。」



「ねぇ、ハヅクロイして…?」

怪訝な顔をする友人の顔が面白くてくすくす笑う。
さらに眉間にシワを寄せる友人に俺は言う。

「羽を梳いてキレイにして、ってこと。」

「あぁ。そういうことか……。なら…」


ベッドに横になった俺の傍に座り、手を伸ばす。指先が羽根に触れるとぴくんと跳ねる。 それに構わず友人は羽を優しく掴んで広げ、手櫛で羽を梳いていく。
くすぐったいながらも気持ちよくて、目を細めてなされるがままにされていた。

「なあ、気持ちいいのか?」

「んー。いいよ。美容室で髪洗ってもらってる時みたいだよ。」
「ふーん。」

反対側にはうまく手が届かないのか俺を跨いで座り、反対側も梳いていく。

「重いんだけど…。」
「気のせいだろ。」

まったく、遠慮がない。
まあ、そんなところが彼のいいところなのかもしれないが…。その遠慮のなさに苛立つこともあるけれど、救われることもある。 俺はたくさん救われた。

「ほらよっ、終わったぜ。うーん……なかなかキレイになったじゃねぇか。」

「ありがと。」




「ん。」
差し出された友人の手を見る。
手のひらはわかるけど……?

「駄賃。」

「へ?」


「いや、だから駄賃。」

「なんで…?」

ムッとした顔で友人は言う。
「なんでって……お前、学校わざわざ途中から抜け出してきて、お前の話も聞いてやって、ハヅクロイとやらもしてやって…。」
指を折り数えて僕を見る。というか見下ろす。ベッドにうつ伏せている俺とベッドの縁に腰掛けている友人とどっちが物理的に上かというと、 まあ、友人だ。
必然的に見下ろされることになる。それは…わかってはいたが………こう、殊勝な態度で言われたらなんだかムカつく。

「ちっ、わかったよ。」

のそりと起き上がって、差し出された手にキスをする。



「ほら、駄賃。お釣りなしのピッタリだ。」

固まっている友人を放置して立ち上がる。
伸びをすれば羽も伸びをするように後ろに伸びた。数回羽ばたいてから元の位置に戻る。 自分の背中から生えているのに自分の意思で自由自在に動かしている感じじゃない。なんだろうな…この感じ………。
はて、と首を傾げてみると部屋の惨事が目に飛び込んできた。

「あー」

きっと羽ばたいた時だろう。軽い紙はほとんどが舞い散って部屋中に散乱している。写真立ては倒れてしまっていた。

「面倒だな……。」

ひとまず片付けは後にして、箪笥の前へ。
引き出してがさごそあさってみるけれど、何を着ればいいのかわからない。
というか、これ、何も着れないんじゃないか………?

「どーしよ……。」








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