月の寝る頃





 3.



登場人物紹介はありません;暴力表現、血、精神的に病んでいます。
苦手な方、影響を受けやすい方は回れ右でお願いします。閲覧後の保証はいたしておりませんのでご了承を!!










うふふ。きれい。あかいいろ。
きれい、きれい、きれいないろ。
どうしたのかな?
どうしてみんなねむっているの?
あかいようふく、きれいだな。
ああ、どうしてゆびもあかいのかな?
おれはどうしてたのしいのかな?
あはは。きれい。あかいいろ。

ころしちゃったのは、おれ。







いつの間にか…目の前にはたくさんの死体があった。
先ほど怒鳴った男も、ターゲットであった男も、そこで死んでいた。
俺は…いつ……記憶がない。
うーん。
これは…結果オーライ?
どうせ殺すつもりだったし、殺したのが俺でも、どこかの誰かさんでも構わない。
要は、死んでくれればいいのだ。
望まない死がコイツらに降り掛かればそれでいいんだ。
いいんだ。
それで。



「おや、本当の話だったとは…。」

響く低い声がした。



「―――――!?!」



目の前の屋敷からだ。
出てきたのは、漆黒のスーツに身を包んだ男。

「あらららららら。」
思わずでたのは変な言葉。

いやーあ。こりゃまずった。
目の前の男……彼こそが、今回のターゲット。
相澤 昌(アイザワ ショウ)である。
と、いうことは…まんまと罠に嵌ったわけだ。
どこかから俺が狙っているのを聞いて一芝居打ったってところだろうか。
奴は笑顔を絶やさず俺を窺っている。
嫌な奴だなあ。


「なあ、どうして俺に殺されなかった?」


答えてくれるか分からないけど…取り敢えず尋ねてみる。
変な問いかけであることは分かっている。
死にたい――ましてや、殺されたいなんて思っている奴なんてそうそう居ない。
ただ、興味が湧いたのだ。
殺されようとしている奴が何を考えているのか、何を感じているのか。
俺の考えが一般的でないことぐらいは知っているから。
死の恐怖、というものが知りたかったから…。

「なんで……って…普通に、そうでしょう。死ぬのが怖いんですよ。」


笑顔の男は一変して顔を顰めて言う。
俺を見る目は殺意に漲っている。
ああ。こいつなら、殺してくれる…なんて、そんな都合のいい事ある訳ないよね。
無い、無い。
銃口がコチラを向こうとも俺には関係ない。
関係ないんだよ、俺と死は。
そんなことなんて分からない目の前の男は口元に笑みを浮かべて引き金を引く。


ばあん!!!


発砲音と凄まじい衝撃。

意識が飛ぶ。
が、気が付けばしっかりと意識がある。

ああ…今回も…死ねなかったか…。


額から伝い落ちる血がぽたぽたと地面を湿らせていく。
手をやれば、額を打ち抜かれていたことがわかった。
今はもうほとんど塞がってしまったけれど…そこに触れれば妙に凹んだ額と真新しい柔らかな皮膚が指先で感じ取れる。
何度経験してもこれだけは違和感が拭えない。


「――――っ!!」


男は辛うじて悲鳴を飲み込んだ。
銃を持つ右手が激しく震えている。ああ、コイツ右利きなんだなと場違いなことを俺は考えていた。 もちろん、「素敵な」微笑みを浮かべて。
恐怖は十分に煽ることができただろう。
現に男は歯の根さえ合わない状態だ。笑わせる。ほんの少し前まで、 俺を殺そうと殺意剥き出しにしてたくせに、今じゃあ…お漏らしでもするのかい?
ほんと、見物だ。
ほんと、サイコーだ。

「あーいざぁわ、さんっ。」

平坦な己の心とは逆の弾んだ声で目の前の人物の名前を呼ぶ。
彼の震えてる手は止まるどころかさらに大きく震える。
銃が手から滑り落ちた。

夜の静かな空気を音が破る。

そこで我に返ったかのように男…相澤は後ろにあった屋敷に駆け込んだ。
って言っても、駆け込む、という表現が相応しくないほどの逃げ方だったが。
そこで笑っちゃあ失礼だなあと思いつつもクスクス笑いが漏れてしまう。

「あはっ……ほんと、オカシイ。」

屋敷内で叫び声が聞こえる。それに、別の人の声も聞こえ始めた…。
ああ……………こりゃ楽しめそうだ。久々に、昂揚感…みたいなのを感じた。
手に握る大振りのナイフ。
振りかざせばどうなるのかぐらいはわかってる。


相澤に望まない死を。


「あんたには苦しんでもらうよ、相澤さん。…俺の家族が受けた苦しみ以上に…。」
ふふ、と嗤う。
もう、自分が嗤いたいのかどうなのか…そんなこともわからずに俺はただ嗤う。
嗤う。それが義務であるかのように。クスクスと。

「あんたを赦さない。決して…どんなに謝ったとしても、たとえ改心したとしても…俺は、あんたを赦さない。 苦しんで、叫んで、抗って、恐怖して、懇願して、醜く、汚く、ゴミクズのように……死ね。」

誰もいない道路。夜の静寂に声が飲み込まれる。

コツ。コツ。コツ。
静寂に響く足音。
屋敷に足を踏み入れる。

キラキラと輝くナイフが閃いて、門の陰に隠れていたひとりを斬る。
首にあたったナイフはいとも簡単に皮膚を切り裂いて、肉を抉り、太い血管を切断する。
切り口から血が噴き出て噴水みたいだ。
斬られた男は悲鳴を上げる間も無く死んだ。

コツ。コツ。コツ。
踏み出せば、ひとりまたひとりと雄叫びを上げながら飛び掛かってくる。
ひらりとかわして背中から斬りつける。
真っ赤な血が飛び出して、男は悲鳴を上げながら倒れ込む。
どうせコイツも死ぬ。こんなに血が出れば助かる訳なんかない。
死ぬ。みんな死ぬ。死なないのは俺だけ。
次々と飛び掛かってくる人を避けて、斬る。どの顔も混乱と恐怖を張り付けて、叫びながら震えているだろう手で飛び掛かってくる。
そんな奴らを斬りつけるのは少々良心が痛むが、仕方ない…。 まあ、武器を持って人に襲い掛かってきている時点でもうコイツらに情けをかける必要はない。
斬って切ってきった。
血が出て、叫んで、倒れて、無残に……死んだ。
いや、俺が殺した。



人々に望まない死を。



俺は、もちろん死神なんかじゃない。
ただの……復讐者…。




コツコツ。
靴が高らかに鳴る。

地獄絵図のような……そんな、ありえないような…そこにある恐ろしい風景。
歩みを進めて今回のターゲットを探す。


「さぁて、どこに隠れているのかな?」
相澤さぁーん!と大きな声で呼んでみるが全く返事はない。
普通に考えて当たり前か……。
地道に探すか……とりあえず…遠くへは行けないだろうし……。
先程の腰を抜かした相澤を思い出してにやけてしまう。
建物の中にでも隠れたのだろうか?


さあ、速く速く、急いで急いで。
あと何人…?…あと少し。コイツも殺してしまおう。
アイツも、アイツも。奴に手助けしている奴らはみんな―――――。
皆殺し。あはは。苦しそうにもがいてる。
しねよ、しねよ、しねよ、しねよ、しねよ、しねよ、しねよ、しねよ、しねよ。
俺を殺せばいい。どうせ、死ねない。
俺の願いが…復讐が叶うその日まで。
さあ、はやく―――俺を死なせて。





相澤は大きな屋敷の一番奥の部屋にいた。
隅の方で震えて蹲っていた。自分を守ろうとしてなのか…手にはほんの小さなナイフを握りしめて、青ざめた顔で俺を見る。
まるで雨に濡れた子犬だな、と思った。
可哀相なぐらい怯え、震えてる。

「相澤さん…アンタいいザマだね。こんなに怯えて…予想以上でほんとに愉しいよ。」
くすくす嗤う。
「ああ、一つだけ言っとく……俺はアンタを赦さない。だから、殺す。 命乞いでも、虚勢をはってみるのでもなんでもすればいい……そんなことは、無意味、だから。」
無表情のまま言う。
「恨みたければ恨めばいい。どうせ、アンタはここで死ぬ。…………っつても、 まあ…こうなる原因をつくったのはアンタだし、責めるなら自分を責めなよ。」
平坦な口調。
「後悔、すればいい。」





俺は、笑った。





相澤との距離を縮め、持っていたナイフを蹴り上げとばす。
無情にもナイフは思った以上にとんで手の届かない距離へ。相澤はこれで丸腰だ。
逆手に持ちかえたナイフで相澤の首を―――突き刺した。
血が噴き出て天井を汚す。赤い噴水みたいだ。
何度も何度も振り下ろして、俺は笑う。
この時が一番気分がいい。
絶叫を聴きながら恐怖に見開かれた目を見つめながら…俺は家族を思う…。
もう少しだと。
言い聞かせながら。


ありったけの恨みをこめて相澤だったモノをぐちゃぐちゃにした。




もう、俺の手から血の匂いがとれることはないのだろう。
もう、何もかもが手遅れだ。
罪を犯した。

俺は愉快で愉快で笑いが止まらなかった。

















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