月の寝る頃 |
6. 登場人物紹介はありません;暴力表現、血、精神的に病んでいます。 苦手な方、影響を受けやすい方は回れ右でお願いします。閲覧後の保証はいたしておりませんのでご了承を!! 残りのおにぎりをいくつか腹に収めた後、コンビニのビニールを冷蔵庫に押し込んだ。 何を買ったかいまいち覚えていないが…まあ、冷蔵庫に入れとけば何とかなるだろう。 いや、そう信じてる。俺は、冷蔵庫という文明の利器を信じてやる。 にやりと嗤って冷蔵庫を叩いてやった。 さてと、まずはコレ………どうにかしないと…ダメだよな…。 視線の先にいるのはだんだんと異臭が酷くなってきた犬の死体。 鼻を摘まんで臭いがしないようにしても、くさい。 ああぁぁぁ……くさい、くさい、めんどー、はぁああぁ…。 何でこんなことになっているんだ、と思ったけど…よく考えなくてもこれは俺のせいじゃないか…。 なんで、こんなメンドクサイことしたんだよ…わざわざ持って帰らなくてもいいじゃないか…こんなの道端に捨てとけよ… 殺してそのままにしとけばいいじゃないか。ホント…なんで…昨日の俺はこんなことをしたんだ……。 大げさに溜め息なんかを吐いてみる。 頭の中では俺に対しての文句がぐるぐるしているが俺は黙って死体を睨む。 コイツに文句を言ったところで犬だから理解できないだろうし…それ以前に、コレは死んでいる。生きてない。 文句を言うだけ無駄だ。 屈んで死体を突く。 人差し指に血が付いたが…まあ、いいか。 俺は犬の死体を片付けるために準備を始める。 えーと、そのまま持ち出せないから…袋…?兎に角、何かに入れなきゃいけないな。 その辺をひっくり返して大きめの袋を探してみる。まあ、コレが入るのならば別になんでもいいんだけどね。 あー無い…かも。こっちじゃないし………あっちには無いだろうな……んじゃあ、押し入れか……。 しばらく開けてないからいったい何が入っているのかわからないし、中がどうなっているのかもまったくわからない。 正直、開けたくない。 けど、緊急事態だ。急がなきゃ腐敗が進むだけだ。臭いのも御免だし、悪臭のせいで近所に文句言われたりするのも嫌だ。 「めんどーだなぁ……。」 呟いた。 ひっくり返したものでできた山を越えて押し入れの前へ。 深呼吸をして取っ手に指を引っ掛ける。 ぎぃぃ。 軋んで、扉は開いた。 隙間から漏れ出た空気は物凄い古臭い。 カビの臭いも……あと、何か別の臭いも……。 光が差し込んで押し入れの中が見えた。 いたい、いたいよ。 真っ暗な闇が視力を奪って、本当に何もみえない。 さっき殴られたところをさすって涙をながす。 ここはとても狭い。押し入れの中だから。 むかしの楽しい思い出がここには仕舞ってある。 おれもここに仕舞われるのかな……。 楽しかった、オモイデとして。 涙が溢れて声を押し殺せなくなる。悲しくて、痛くて、もう頭がいっぱいだ。 どぉん!!! 驚いて息がとまる。 押し入れの中に響いた爆音はおれの鼓膜を破るかとおもった。 続いて、怒鳴り声がきこえた。 突然明るくなって何も見えないままおれは頭を抱えてうずくまる。 引きずり出されて………おれは衝撃に息を詰める。 目を強くつぶって、血の味のくちびるを噛んだ。 ああ、はやく、終われ。 肩で荒い息をする。 「はぁ……はあっ…くそっ!…………うっ、うをぉぉおおえぇぇぇ……。」 凄まじい吐き気に襲われて俺は吐いた。 視界がぶれて……頭も痛い…。 わかってる。あれは、現実じゃない。今起こっていることじゃない。 わかってる…わかってるのに……。 吐いたのに吐き気は収まらなくて、胃の中のものを全て吐き出す。 胃液まで吐いて、ようやくマシになった。 それでも気持ち悪くて手で口元を押さえる。 心臓が激しく脈打っている。 おちつけ…おちつけ……おちつけ…おちつけおちつけおちつけおちつけ…おちつけ…。 落ち着くんだ。 だいじょうぶだから、だいじょうぶ。だいじょうぶ。 ゆっくり息を吸って、吐いて。 まだ、半分以上アレに囚われているけど…だいじょうぶ。 俺はここにいる。俺はだいじょうぶ。 何もじゃない。アレは嘘だ。現実じゃない。 今起こってない。だいじょうぶ…だから…。 だから、おちつけ…おちつけ…。 ようやく見えてきた目に震える腕が見えた。 いつの間にか四つん這いの状態になっていた。 床は俺の吐いたモノで汚れている。 危なかった…。 危うくアレに飲み込まれるところだった。 腕の震えは最高潮に達して頭から崩れ落ちる。 吐瀉物に頭から突っ込んで、床に額を打ちつけた。 さいあくだ。 さいあくだ…最あくだ……さい悪だ……最悪だ………。 べったりと頬に付いた吐瀉物が……サイアクだ。 いくら自分の吐いたものだからといってもサイアクなことには変わりない。 不愉快だ。 腐臭に、吐瀉物の刺激臭。 最悪なコンビだ。鼻が曲がりそう。 頭の片隅でいまだ再生されている映像をなんとか追っ払ってゆっくりと起き上がる。 吐き気がする。 景色が歪んで見えるがそれを無視して立ち上がれば案の定…倒れた。 さっきよりも痛い。 畜生…畜生……こんな、ことで……こんな、馬鹿みたいに…ちくしょう…。なんで、俺はまだアレに囚われているんだ。 もう、記憶に残ってすらいないと思っていたのに…。押し入れは…俺にとって辛い記憶しかない…。わかっていたんだ。 いつも以上に気を付けていた筈なのに……。こんな、みっともない…。 ちくしょう。 クソッ。 よろめきながら今度こそ立った。 吐き気がする。頭の中が掻き回されたみたいだ。 押し入れの方までふらふらと歩いて行って中をのぞき見る。 もう、そこに過去は無い。 手が異常なほど震えているけれど無視する。 うまく動かない指を無理に動かして押し入れの中を掻き回せば、ようやく目的のものを見つけることができた。 大きなキャリーケース。 いつだったか使ったものだが…大きすぎて今じゃほとんど使わない。 まあ、旅行なんて行こうと思わなかったし…そりゃそうか…。 手が震えてうまく取っ手が掴めない。 舌打ちして、顔を顰めてみても手はまだ震えてる。 情けない俺の手にあきれながらも何とか指を動かす。 取っ手に指先を引っ掛けて押し入れから引きずり出した。 たいして重くない筈のキャリーケースがとても重く感じられた。 「よし……これで、なんとか……はぁ……。」 息がまだ荒いけれど…まだ、頭のどこかでアノ風景が見えるけれど…俺は今、そんなことをしている場合じゃない。 はやく、犬の死体を片付けなくちゃいけない。 腐臭がどんどん酷くなってきているような気がする。 部屋が物凄く散らかっている中で俺はようやくキャリーケースに死体を詰めた。 なんとか収まったけれど……。もう、このキャリーケースは使えない。 ロックを掛けて、玄関に置いてく。 出掛ける前に少し換気しておいたほうが良いだろう。 がらがら、と五月蝿く音をたてて窓が開く。 新鮮な空気が外から流れ込んでくる。と同時に、どれほど部屋の空気が悪かったのかに気づいた。空気がおいしい。 そんな表現がぴったりなのかもしれない。 姿は見えないが鳥の鳴き声だって聞こえている。 俺の部屋の状況に比べたら……外はなんて平和なんだろう…。 まあ…一概に平和だなんて言っちゃあいけないのかもしれないけれど…。 部屋に散らばっているアノ記憶よりかはマシなんじゃないかと思う。 散らかしたのは俺だけど…。 床が見える隙間を辿って玄関へ。 重くなったキャリーケースを持って俺は部屋を出た。 鍵は掛けていく。 何も盗れるようなものはないけれど。 いや、いっそ…あの部屋に散らばったアノ記憶を持って行ってほしいぐらいだ。 誰もそんなものはいらないだろうけど。 俺もいらないし。 一度振り返って部屋と外を区切るドアを見る。 強く鍵を握りしめて、歩き始めた。 大変失礼しました; |